2004N720句(前日までの二句を含む)

July 2072004

 川へ虹プロレタリアの捨て水は

                           原子公平

語は「虹」で夏。敗戦後、数年を経た頃の作と思われる。すなわち、まだ「川」が庶民の生活とともにあった時代だ。清冽な流れであれば飲食用にも使っていたし、そうでなくとも洗い物などを川ですませる人々は多かった。句はそんな誰かが、余って不要になった水をざあっと川に「捨て」たところだろう。見ていると、その人の手元から淡く小さな「虹」が「川へ」立ったというのである。失うものなど何もない「プロレタリアの捨て水」が、束の間の虹を描く光景ははかなくも美しいが、しかし、その虹は未来への希望にはつながらないのだ。「捨て水」という言葉には、単に水を捨てる写実的な様相と、他方には川をいわば心の憂さの捨て所と見る目がダブらせてあるのだろう。庶民であることのやり場の無い感情が、抒情的に昇華された絶唱である。既に新聞報道でご存知かとは思うが、作者の原子公平氏は一昨日(2004年7月18日)亡くなられた。八十四歳だった。一度も面識は得なかったが、当歳時記の最初の一句が氏の「悔しまぎれの草矢よく飛ぶ敗北なり」ということがあり、また何度かお手紙や句集をいただいたこともあって、残念な思いでいっぱいだ。抒情の魂を社会的に鋭くイローニッシュに開いてゆく氏の方法が、俳句のみならず、この国の詩歌に残したものは大きいだろう。慎んでご冥福をお祈りする。『海は恋人』(1987)所収。(清水哲男)




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